
脊椎手術後に突然、片足が動かなくなった。
「硬膜外血腫だ」と疑う。MRIを撮る。異常なし。再手術する。血腫なし。
これが今回紹介する症例の実話です。
原因は血腫ではなく、動脈の閉塞でした。
症例の概要
77歳男性。L4〜5の腰部脊柱管狭窄症に対して後方除圧術を実施。
手術は成功し、下肢の根性痛もほぼ消失して退院。
術後5日目——
突然、左足・下腿に痛みと運動麻痺が出現(NRS:4)。
術後7日目——
症状が進行し、左足関節・趾の筋力がMRC 0(完全麻痺)に。
「血腫だ」と疑って……
症状のパターンを見てください。
-
脊椎手術後5日目に発症
-
手術した脊椎レベルに対応する領域に症状
-
2日間で進行
担当チームは脊髄硬膜外血腫を強く疑いました。当然の判断です。
MRIを撮りました。異常なし。
もう一度MRIを撮りました。異常なし。
確認のために再手術しました(探索術)。血腫もなし。
硬膜外・棘突起間腔に瘢痕組織があっただけ。
では、何が原因だったのか。
術後14日目、ようやく真の診断へ
神経伝導検査で、左腓骨神経・脛骨神経に重篤な軸索障害を確認。
次に下肢の動脈拍動を触診してみると——
左大腿動脈の拍動が弱い。足背動脈も弱い。
ドプラー超音波を当てると、大腿・膝窩・前後脛骨動脈の血流が著しく低下していた。
下肢CT血管造影:左総大腿動脈の分節性閉塞+両側脛骨動脈の多発性高度狭窄。
これが答えでした。
動脈が詰まっていた。その血流を受けている末梢神経が虚血で障害された。
診断は虚血性単肢神経障害(IMN:Ischemic Monomelic Neuropathy)。
IMNとは何か
1983年に命名された比較的マイナーな疾患概念です。
定義: 四肢の主要動脈が閉塞または血流低下を起こし、末梢神経が虚血性ダメージを受けること。ただし、皮膚の色変化・腫脹・壊死などの
「わかりやすい虚血サイン」が出ない。
これが厄介なところです。
通常の動脈閉塞なら——皮膚が青白くなる、冷たくなる、腫れる——
という典型的なサインが出ます。
でもIMNは神経だけやられる。筋肉も皮膚も無事。
だから見た目に騙される。
一般的な原因:
-
血栓塞栓症(今回の症例)
-
糖尿病性血管障害
-
外傷
-
血管手術の続発症
今回の患者は糖尿病・高血圧・慢性腎臓病があり、もともと血管の状態
が悪かった。
そこに脊椎手術(長時間の体位固定、術中のストレス)が重なり、
血栓が形成されたと考えられます。
なぜ誤診されやすいのか
IMNの症状はこうです:
-
片側遠位肢の急性疼痛
-
感覚異常・感覚鈍麻
-
運動麻痺(ある場合もない場合も)
これ、脊髄硬膜外血腫とほとんど同じです。
さらに今回のように脊椎手術後に発症すると、「手術の合併症(血腫)」と考えるのは自然な思考回路です。
でも鑑別のポイントがあります。
MRIで説明できる所見がない場合、血管系を疑え。
転帰——治療が遅れた代償
左大腿動脈の血栓摘除術と血管形成術を施行。翌日には疼痛がほぼ消失。
でも——
術後1ヶ月の時点で左足の筋力はMRC 1。ほぼ回復していない。
診断が術後14日目まで遅れたことが、神経回復に影響した可能性は否定できません。
IMNによる神経障害は可逆的と言われています。でも、早く診断・治療しないと不可逆的な障害が残る。
この症例はその現実を示しています。
臨床への応用
リハビリ・療法士・病棟スタッフが知っておくべきこと
① 脊椎術後の下肢麻痺に「血管系」の視点を加える
「手術後に麻痺 → 硬膜外血腫」という思考は大切です。でもMRIで説明できないときは動脈系を疑ってください。
特に以下のリスクがある患者は要注意:
-
糖尿病
-
高血圧
-
慢性腎疾患
-
透析患者
-
末梢動脈疾患の既往
② 動脈拍動を確認する
足背動脈・膝窩動脈・大腿動脈の拍動を触診してください。
「脊椎の手術だから血管は関係ない」は危険な先入観です。特に高齢者・糖尿病患者は術後に動脈系のトラブルが起きやすい。
リハビリ中に「皮膚の色は正常だけど足首が全く動かない」という患者を見たら、医師に血管評価を相談してください。
③ 皮膚色変化がなくても虚血はある
IMNの落とし穴は「皮膚が普通に見える」こと。冷感・チアノーゼがないからといって血管系を除外してはいけません。
④ 神経障害症状の鑑別に「急性動脈閉塞」を加える
術後の新たな神経症状鑑別リスト:
-
硬膜外血腫
-
神経根浮腫・損傷
-
不十分な除圧
-
スクリュー誤挿入
-
虚血性単肢神経障害(IMN) ← これを忘れない
⑤ 「早期診断が回復を左右する」
IMNは可逆的な疾患です。ただし早期に限ります。今回の症例は診断まで14日かかり、血管再建後も運動機能の回復は不十分でした。
「MRIで問題ない」→「では何か?」という思考を止めない姿勢が重要です。
まとめ
-
脊椎術後の片側下肢麻痺は硬膜外血腫だけが原因ではない
-
IMN(虚血性単肢神経障害) は動脈閉塞による末梢神経障害だが、皮膚・筋肉所見が乏しいため誤診されやすい
-
MRIで説明できない症状 → 下肢動脈の拍動触診・血管評価を忘れない
-
早期診断・早期治療が神経回復の鍵。遅れると不可逆的な麻痺が残る
-
糖尿病・高血圧・腎疾患などのリスクを持つ高齢者は特に要注意
医療者の「思い込み」が診断を遅らせる。この症例はそれを教えてくれます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
メルマガ(無料)では、同様の①無料記事、②音声解説に加え③習慣化のコツをお届けするほか、
今後は④臨床評価表、⑤PDF資料、⑥勉強会スライド、⑦若手向け解説も順次配信予定です。
→Substakリンク https://substack.com/@maguropan
無料なので、気になる方はどうぞ。自動で個別に配信されます。
引用文献
Lee GW, Park W-T, Chang MC.
"Progressive unilateral leg weakness after lumbar decompression due to ischemic monomelic neuropathy misdiagnosed as epidural hematoma: A CARE-compliant case report."
Medicine 2023;102:19(e33734).
DOI: 10.1097/MD.0000000000033734